ようやく本調子が出てきた。
というのは仕事の話。
制度で取得した長期休暇明け、勤務2週目にしてリズムと集中力と意欲が戻ってきた。
と、同時に恋愛のほうが停滞し始める。
月初に加え期初が重なっているこの時期、管理職である彼が死ぬほど忙しいのは重々、なのだが
連絡が途絶え始める。
これまでなんだかんだで律儀にリアクションを返してくれていたのに、はてさて、これは、馴れからくる怠慢か、それとも純粋に忙殺されているか。
しかし前述の通り(前回投稿)わたしは「忙しい男に寛容な忙しい女」であるはずなので
それも寛容に、忙しいんだろうなぁ、なんて小首を傾げて、にこりとしていられる。
そう、にこりと、していられるのである。
不思議だ。強がりでなく、ほとんど(ほとんど)やきもきしない。
休みだとやはりそうはいかなくて、休暇中はちょっとじたばたしたものだが、
仕事に集中し始めてしまえばなんということはない。
完全に彼の存在を忘れることはなくとも、完全に脇に置いて仕事ができるというこのいわゆる女性脳的なマルチタスク機能。
こんなにも日々憎んできたこの仕事たるものがかえって恋愛のバランスを取ってくれているのか?
停滞した恋愛を脇におく余裕が生まれるなんて、仕事も馬鹿にしたものではない。
この余裕がこの恋愛の軌道をゆるやかだが着実なものにしてくれることを祈念。祈念しています。
ただ一方で、恋愛のほうに気を取られると仕事はうまくいかなくなる。
それが先週のわたし。まったく精彩を欠く。
偉い人が席を立った隙に、メールボックスから彼とのメールのやりとりを引っ張り出して眺めるといった、勤務時間を冒涜する行為に及ぶなど、本当に使い物にならない。
だから思った。
「忙殺されていないときの恋愛ってどうするわけ?みんなどうしてるわけ?」
恋愛がぜんぶになるなんて怖すぎる。
恋愛しか考えることないなんて、しんどすぎる。
どうやってそんなことが可能になるんだろう。
身体が、彼のことでいっぱいで、風船状に膨らんで苦しくて仕方ない。
とか。
遠目に見る彼の一挙手一投足にいちいち、息を呑むような思いをする。
とか。
梅が咲いただ、虹が出ただ、雨が止んだだ、いちいち彼と共有したくなる。
とか。
重力世界が彼のためだけにひっくり返るようだ。
とか。
ああ、いまとなっては信じられない。
しかもそれを「こうふく」だと、青い鳥だと信じて疑わなかったことがあるなんて想像を絶する。
恋を全能だと信じていたなんて。
いや、正確に言うと想像はできる、過去の自分のことだから思い出しはするけど、まるで別人の記憶。そんな東尋坊から身投げするような恋愛の仕方ができた20代前半までの自分に、ただ唖然。賞賛。羨望。
だとしたら。
だからといって。
これが打算か?と言われればそうではないような気もする。
「大人なんだし」という、年相応の恋愛のような気もする。
まあ、でもわからんよ。
30代の恋愛ってただしくはどうすればいいんですか。
わたし29でいま、久々にまともに人を好きになり、まあそこそこの距離感でぼちぼちやれているものの、たとえば彼を失ったところで30をちょうど迎え、また誰かを好きになるなんてそんな、人生を賭すような駆け。
そう思うとこの打算的なぬるっとした恋愛のようなものをそこそこにつないでいくことも大事なように思える、というなんとも煮え切らない。
いやちゃんと好きなんだけどね。
まあでも、明日のMTGがいったんは大事。
そういう自分がいることに、安全安心を感じて眠りにつく。